かくかきしかじか。

虎穴に入らずんば虎子を得ず。

空虚な羞恥心と虚構の勇気

それは突然だった。 私は終業後の気だるげな雰囲気を持った電車から降り、風のように乗り換えるべく階段を駆け登った。

といっても、駅は多くの人間がおり、とても駆けるような空間はない。 正しくは、駆け上がりたい、という欲求を胸に、前の人間に続いて理路整然と歩みを進めていた。なんと人間が多いことか。

さて、ここを下りればホームだな、と思ったとき、急に何かの声が聞こえた。 私はいつも移動時はイヤホンをしている。別に生命活動において、音楽がそれほど重要な役割を得ているわけではないが、周りの音を聞こえないふりをするのには好都合だった。

残念ながら、イヤホンを貫通して鼓膜を震わせてしまったその声は、なんだか怒っているように聞こえる。

思わずそちらを見た。

すると、少し白髪が混じってきている壮年のおじさんが、なにやらすれ違い際長髪のお姉さんにつかみかかろうとしているのが見えた。

その瞬間、何が起きたのかを理解した。

壮年のおじさんは、お姉さんに向かって「うるさい」と言っていたのだ。

何がかというと、お姉さんは大変急いでいて、ヒールの音を高くかき鳴らしながら走るように歩いていた。 実はそのヒールの音も、イヤホンを貫通して私の鼓膜を震わせていた。 私はヒールの音が嫌いではない。むしろ好きだ。だから気にならなかったのかもしれない。 でもおじさんは気に食わなかったのだ。

その一瞬後、お姉さんはおじさんの手をするりと抜け、そのまま階段をじゃじゃ馬のように降りていく。かすかに見えたその表情に、まったく動揺した感じはない。

ほっとしたが、そのあとのおじさんの表情を見て、ぞっとした。 おじさんは、非常に満足げににやりと悪意のこもった笑みを浮かべていたのだ。 まるで、やってやったぞ、と自らを誇るように。 背筋に悪寒が走り、そのまま見ないふりをして身を縮こませながらホームを駆け降りる。私は振り返らなかった。

電車を待ちながら、私は自問する。もしあのお姉さんがおじさんに捕まっていたとしたら、私はお姉さんを助けることができただろうか。

はた目から見ても、それほどお姉さんは悪いことをしているように見えなかった。ただ多少音を立てながら、歩いていただけだ。

おじさんはそれが許容できなかった。

それだけのこと。それだけのことだけども、それよりも重い、陰惨とした何かが、そこに横たわっていた。

インターネットの人間たち

インターネット

インターネットと書くと主語がでかすぎるのだけど。 インターネットの世界にいる人間たちって、優秀過ぎませんか…って話。 特に技術の人間たち。

現実

現実でインターネットの共通認識は通用しない。 誰も生産性の向上なんてしようとしていないし、新しい技術のキャッチアップなんてしていない。 同じことを繰り返すだけ。 意味のあることにしようとするだけで、煙たがられる。

インターネットの人間たちが見ている現実世界ってどこにあるの? インターネットと現実世界の人間たちの落差がありすぎて頭がくらくらする。 どっちが私の生きている世界なの?なんでインターネットの常識と現実の常識は交わることができないの?どこに彼らは生きているの?

インターネットの人間たちは自分が映える点しか提供しない。 でもその点をアウトプットできるだけで、すごく優秀なのだと思う。 アウトプットっていうのは、簡単そうに見えてとても難しい。

そもそもインターネット全体を見れば、現実の人間よりも(言い方が悪いけども)下の人間なんて、いくらでもいる。 優秀な人間だって、いくらでもいる。 技術に着目していなくとも、その他の視点でインターネットを見ても同様だろう。 ファッションでも、美術でも、なんでも。

彼らだって、死ぬほどめんどくさいこともやっているはずだ。社内処理のためだけにほとんど無駄な書類を作成したりとか、現状維持に執着する上司を上手に手玉に取るとか。

結局は観測点が違うだけで、現実の人間たちもすごく優秀なのだと思う。 見えていないだけ。

私の知る現実には、インターネットの人間なんていなかった。いや、見えていなかった。現実にインターネットの人間はいるが、それをそれと理解ができていないのだ。インターネットの見せる虚構の上にまんまと乗せられている。

でも見えてしまった。現実が見せない、蟻地獄のような無限の獄を。 インターネットならそれができる。

それでもそれを知ってしまったからには引き返せない。 私は私のために引き金を引こうと思う。

「そうだ、アウトプットの練習をしよう。」 この文章の前にして、そう誓ったのであった。